東日本大震災による首都圏鉄道利用者の帰宅困難問題

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※田口東教授による「東日本大震災による電力供給不足に対応した首都圏鉄道網運転調整の影響と分散乗車」はこちらをご覧ください.
2011/4/1
中央大学理工学部情報工学科 鳥海重喜

はじめに

2011年3月11日14時過ぎに発生した東北地方太平洋沖を震源としたM9の大地震により,震度5強の揺れを観測した首都圏のほとんどの鉄道は一時運転を見合わせた.震災発生が平日の日中であったことから,都心部のオフィスや学校には多くの通勤・通学者が滞留しており,鉄道の運転見合わせは人々の帰宅の足を奪うこととなった.多くの鉄道事業者は,地震の震度や揺れの最大加速度に基づいて速度規制や運転見合わせなどの運転規則を定めている.今回の地震では,作業員の徒歩による安全確認が必要なレベルであったことから,鉄道施設に被害がなかったとしても数時間の運転見合わせが必要になることが震災発生直後から予想された.

首都圏で日常的に鉄道を利用している通勤・通学者はおよそ800万人にのぼる.その半数以上の通勤・通学時間は1時間以上であり,「鉄道路線の途絶=帰宅困難」と言える.鉄道は高速大量輸送機関であり,これに代わる輸送機関はない.道路に被害がないと仮定しても,バス,タクシーではとても輸送力が足りない.

ここでは,2011年3月末までに公表,報道されている情報をもとに,首都圏鉄道利用者の帰宅困難問題について考えてみたい.

中央防災会議による帰宅困難者数の推計

首都圏において鉄道が途絶した場合に帰宅困難者が数多く発生するということは以前からも指摘されていた.2005年に公表された中央防災会議の首都直下地震対策専門調査会報告によれば,地震により首都圏の鉄道網が全線途絶になると,東京都内で約390万人,1都3県で約650万人が帰宅困難になると推計されている.

地震により首都圏の鉄道網が広域にわたって運転を見合わせた事例として.2005年7月23日16時半過ぎに発生した千葉県北西部を震源とするM6の地震がある.このとき,東京都足立区で最大震度5強の揺れを観測し,鉄道事業者は安全確認のために一時運転を見合わせた.運行再開までに要した時間は,都営地下鉄で最大15分,東京メトロで最大4時間,JR東日本では最大7時間であった.発災が週末の夕方ということもあり,通勤・通学者は多くなかったが,運転見合わせの影響は141万人に及んだ.ただし,その全ての人が帰宅困難者というわけではなく,一部の路線を除き当日中に運転を再開したため,今回の震災のように避難所等で一夜を過ごす人は多くなかった.

当日の交通状況

発災直後にJR東日本,東京メトロ,都営,私鉄など首都圏のほとんどの鉄道が運転を見合わせた.道路には大きな被害がなかったため,路線バスは一時運転を見合わせたものの比較的早期に運転を再開した.そのため,帰宅を急ぐ人々は,@路線バスやタクシーなどの代替交通機関で帰宅,A自家用車で迎えに来てもらう,B駅で電車の運転再開を待つ,C徒歩で帰宅,という選択をすることとなった.一方,しばらく様子をみるという人々は,(a)勤務地や通学地で待機,(b)飲食店等で待機,(c)ホテル等の宿泊施設で宿泊,などの対応をとった.

ここでは,帰宅を急いだ人々の行動を見てみよう.まず,@の選択では,運転再開直後に移動した人など一部を除き,実際に路線バスやタクシーを利用することは難しかった.鉄道と比べて輸送力の劣る路線バスやタクシーでは,圧倒的な需要を捌くことができず,バス停やタクシー乗り場には長蛇の列が形成され,乗車するまでに数時間以上も待つ状態であった.

次に,Aの選択では,都内では時間が経つごとに道路混雑が激しくなり,自動車の移動速度は徒歩並みという状況になった.普段であれば数十分の移動距離が数時間を要するという状態であった.必然的に@の路線バスやタクシーにも大きな影響を与えた.

そして,Bの選択では,駅周辺に人々が殺到することとなった.午後6時過ぎには,JR東日本は首都圏の鉄道路線の当日中の運転再開を取りやめることを発表した.この理由について,JR東日本は「運転再開を期待して駅に乗客が集まり,結局再開できないとなれば余計混乱を招く」としている.

最後に,Cの選択では,都内の幹線道路は徒歩で帰宅する人々によって混雑していたものの,大きな混乱はなく整然と帰宅する様子が伝えられている.しかし,疲労により途中で徒歩による帰宅を断念して行政が準備した避難所(→後述)に向かう人も見受けられた.

午後8時40分頃,東京メトロ銀座線と半蔵門線の一部区間で運転が再開された.この情報が伝わると,駅で運転再開を待っていた人をはじめとして帰宅を急ぐ人々や勤務地などで様子を見ていた人々が駅に殺到し,安全が確保できなくなってしまうほどの混雑に見舞われて,銀座線は再度運転を見合わせることとなった.実際,午後8時には,新宿駅で9,000人,池袋駅で3,000人,上野駅で1,500人,東京駅で1,000人などが滞留し,神奈川県,千葉県,埼玉県の主要駅でも数百人から千人を超える規模の滞留者が生じていた.

その後,東京メトロの他路線,都営地下鉄,小田急,京王,東急,西武,相鉄などの各路線が順次運行を再開し,一部路線では終夜運転も実施されたため,これらの沿線に住む人々は時間を要したものの翌朝までには帰宅することができた.また,それに伴い主要駅での滞留者も徐々に解消された.これには,JR東日本,東武,京急などの当日の運転再開の見込みがないことの周知や行政の避難所への誘導などの影響もある.

発災当日の運行状況
図1 発災当日の運転再開状況(緑:運転再開路線,灰:運休路線)

帰宅困難者への行政の対応

東京都は発災直後に災害即応対策本部を設置し,帰宅困難者対策を行った.まず,協定に基づいて,災害時帰宅支援ステーションとしてコンビニエンスストア等に対して水道水やトイレの提供を要請した.コンビニエンスストア等への要請は,東京都だけでなく,埼玉県,千葉県,神奈川県ならびに5政令指定都市も同様に行った.対象店舗は首都圏で約15,000店である.さらに,東京都は帰宅困難者を一時収容する施設の準備を区市町などとともに進めた.最終的に,都や区市町が一時避難所として準備した施設は1,030か所に及び,翌日の午前4時までに約94,000人が利用した.中央防災会議の推計人数と比べて大幅に少ないのは,勤務地などで夜を明かした人,代替手段によって帰宅した人,運転が再開された鉄道によって帰宅した人,などが存在したためである.

おわりに

今回の震災により,首都圏の鉄道網は一時完全にストップし,多くの帰宅困難者を発生させた.一方,直接の被害が少なかったことと,鉄道事業者や行政の適切な対応により,死者や負傷者が発生しなかったことは不幸中の幸いであった.今しばらくは余震が発生する可能性が高い上,今後30年間で首都直下型地震が発生する懸念もあることから,今回の帰宅困難者問題を振り返って,今後の防災計画に役立てることが急務である.

鉄道事業者が検討すべき対策として,「運転再開に関する事業者間の連携」がある.首都圏の鉄道はネットワークとして機能しており,一部区間だけが運行するという状態になると,乗客が集中することで機能不全に陥る可能性がある.最初に運行を再開した銀座線に乗客が殺到し,混雑のために再び運転を見合わせるようなことになれば,さらなる混乱を招くことになる.実は,同様の事象が過去にも存在している.2006年2月1日に発生した千葉県北西部を震源とする地震によって,JR東日本の東海道線,横須賀線,京浜東北・根岸線などが最大4時間ほど運転を見合わせた際に,ほぼ並走している京急線が早期に運転を再開したために乗客が集中し,ホームは大変危険な状況となったことがある.今回の地震では,京急は当日中の運転再開を見送っているが,これは,JR東日本が早々に当日中の運転再開を見送ったこととも関連していると考えられる.このような対応は,利用者に一時的に不便を強いることになるが,安全確保のためにはやむを得ないであろう.

日常的な通勤・通学者の移動パターン(出発駅,目的駅,経路,出発時刻等)は,国土交通省が5年おきに実施している大都市交通センサスの鉄道定期券・普通券利用者調査を用いることで把握することができる.これと首都圏の鉄道網を表すネットワークモデルを組み合わせた上で,路線の途絶状況を設定し,帰宅行動をシミュレーションすることで,各路線の需要,言い換えると混雑状況を短時間で予測することができる.その結果に基づいて,運転再開路線および運転再開時刻を鉄道事業者間で調整することが望ましい.

最後に,個人で検討すべき対策を3つ挙げる.

  1. 徒歩移動できる距離の把握

    徒歩による帰宅途中に,疲労により移動を断念する人が発生した.自宅周辺や勤務地周辺などの土地勘があるところではない場所での滞留は,不安を生じさせ二次的な被害を生む可能性がある.したがって,各自が徒歩移動できる距離を把握し,自身の限界を超えるような距離の移動は自重する必要がある.外出先で被災した場合,無理に帰宅するのではなく,距離によっては勤務先へ向かうことを検討することが大事である.

  2. 勤務地からの帰宅ルートの把握

    日常的に電車で通勤・通学をしている人の中で,徒歩での帰宅ルートとその正確な距離を把握している人はそう多くないであろう.ましてや,途中駅からの帰宅ルートと距離を把握している人はほとんどいないのではないだろうか.鉄道路線が一部途絶して運行されることも考慮して,主要駅から自宅までの帰宅ルートと距離を把握しておくことは,(1)の徒歩帰宅の途中断念を防ぐということにも役に立つ.

    今回の震災では,一部の企業において帰宅方面別に従業員をまとめてグループ帰宅が実施された.これは帰宅ルートに不安がある人への対応となるだけでなく,孤立させないことにより二次的な被害を防ぐという意味もある.

  3. 安否確認方法と帰宅タイミングの検討

    災害時には多くの人々が安否確認をすることで通信輻輳が生じ,安否確認が滞る.家族の安否や自宅の被災状況が不明である人は帰宅を急ぐ傾向があることから,通信会社が提供する「災害用伝言版サービス」などを利用して安否確認をすることを家族で決めておき,無事が確認できた際にはむやみに帰宅するのではなく,勤務先等に留まって落ち着いた頃に行動を開始するということも検討に値する.

更新日:2011/4/4