東日本大震災による電力供給不足に対応した首都圏鉄道網運転調整の影響と分散乗車

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※鳥海重喜助教による「東日本大震災による首都圏鉄道利用者の帰宅困難問題」はこちらをご覧ください。


2011年4月1日
最終更新日:2011年5月4日

中央大学理工学部情報工学科 田口 東

広範囲な電車ネットワークによるシミュレーションの実行可能性と必要性

 首都圏の公共交通機関では,東日本大震災による電力供給不足に対応するため,電車運転本数の削減,優等電車の取りやめなどが行われた. 現在は,電力需給の調整がなされ,徐々に平常に戻りつつある. しかし,本格的な供給不足を解消するにはかなりの時間がかかり,復興にともなうエネルギー需要,夏期・冬期空調の電力需要を考えると,長期間にわたって対応を求められる課題である.

 輸送能力が大きく削減されたとき,電車の利用状況に過渡的な混乱があり,その後,均衡状態に落ち着く. この際,一時的でも均衡状態でも,利用者への影響は,平常時に一緒にいる利用者の多寡だけでなく,ネットワーク全体から利用路線が受ける影響による.鉄道の混雑を和らげる決め手は,利用者による分散乗車である. ここでは,ネットワーク全体を対象として,分散乗車の詳細なシミュレーションを行ってその効果が提示できることを示し,分散乗車を説得する基礎となる実現目標を具体化できることを示す.

 首都圏の公共交通機関は,130路線,1800駅,通勤時間帯に800万人の通勤通学客と 8000本の電車,30の事業者(いずれも概数)からなる大規模で広範囲なネットワークを形成している. 通勤客の多くが,朝の短い時間に,郊外から都心部へ移動するので,時間・空間の両面で集中して混雑が発生する. ネットワークを構成する路線は,その中で次のような特徴を持っている.

  • 郊外から都心へ通勤客を運ぶ
  • 都心に到着した通勤客を引き継いで最終目的駅まで運ぶ
  • 強力な代替路線がある
  • 並走する路線が少なく,ほぼ独立して輸送する

 利用者は最寄り駅,出発時間,乗換の便利さ,移動時間,混雑などの要素と,自分が得る(感ずる)効用とを考え合わせて,経路を選択している. 現在まで,鉄道事業者による輸送環境の改善と,利用者の経験に基づいた経路選択によって,混雑区間がすべて解消されたわけではないが,バランスのとれた利用がなされている. 利用者がシステムの状態を十分理解して,自分の効用を最適にするように選択を繰り返した結果,システム全体がある状態に落ち着くことを利用者均衡という.


使用するモデル

 下記の要素で構成される.

  • 時空間ネットワーク:首都圏の電車網に対して,時刻表と同じ精度の電車運行を表現するネットワーク.
  • 通勤通学客の移動データ:大都市交通センサスから得られる,平日朝定期券利用通勤通学客の(出発駅,目的駅,経路,出発時間)データ.
  • 電車選択ルール:通勤通学客の効用を,移動時間と混雑度の関数とする.平常時の利用状況に合う関数形が定められている(移動時間の短さが優先される).パラメータを変更して分散乗車を表現する関数を仮定する.
  • 利用者均衡原理:個々の利用者が乗車する電車を,電車選択ルールに基づいて定める.


シミュレーション

 電車運転本数が一律20%削減された場合を考える(路線ごとに削減率が異なっても方法は同様である). 電車の混雑を調べることが目的なので,大きな作業となるダイヤグラム変更の代替として,電車容量を80%に削減する. 次のような利用者行動を想定して平常時と比較する.

(1) 出発時刻は平常時のまま,電車選択も平常時の移動時間優先とする.
(2) 出発時刻に平常時の前後15分ずつ幅を持たせ,利用者は混雑が分散されるよう電車を選択する.
(3) 出発時間を平常時の前後45分ずつ幅を持たせ.利用者は混雑が分散されるよう電車を選択する.


結果

 図1は,ネットワーク全体の乗車率分布を表したものである. 横軸が乗車率,縦軸が各乗車率の電車に乗っている乗客数を駅間ごとに合計した値である. 普通電車と優等電車を合計した結果を表示してある. 平常時と比較して,(1)では200%以上の区間が増加している. 現実には,電車と駅構内の混雑によって大きな遅延が発生し,ダイヤグラム通りに運転できない. 分散乗車(2)は効果があり,乗車率の高い区間が,平常時と同程度に抑えられている. 分散乗車(3)が実現されると,平常時よりも混雑が解消されたことになる.

 分散乗車の様子と,効果が現れる路線,効果が上がりにくい路線があることをみる. 図2, 3, 5, 6, 7はそれぞれ,郊外から都心へ向かう路線に対応し,図4は都心を環状に結び,都心に到着した利用者を目的駅に運ぶ路線に対応している. グラフ中のカーブは,朝の通勤時を区分した時間帯の平均乗車率を路線に沿って表したものである. 各図の4個のグラフは,平常時とケース(1)〜(3)に対応している. 各図において,ケース(1)では著しい混雑が起きていること,ケース(2)と(3)では乗車率が均等になるように分散乗車されていることがわかる. 図3の路線は並走する路線がなく,分散乗車の効果が小さいことがわかる. もし分散乗車(ケース(2))が実現されれば,ネットワークのほとんどの区間で輸送能力と通勤通学需要がほぼ釣り合う. しかし,その場合でも,図3のような路線では著しい混雑が残り,接続する駅構内では乗降客があふれる可能性がある.

 ネットワーク全体を考えたシミュレーションを行うことによって,計画されたダイヤグラムを適切に評価することができる. そして,参加している事業者がその結果を共有することによって,さらに良いプランを考え,様々な資源を事業者間で配分するといった検討が行われることが期待できる. その上で,利用者や企業・教育機関が,数値化(可視化)された効果を理解することによって,社会的に分散乗車を実現する(強制する)方法への協力が得られることも期待される.

 平常時に新規路線の開通のような大きな変化があった際に,均衡状態に達するまでに月単位の期間がかかるとされている. 今後,大きな運転調整がされた場合には,過渡状態の間それぞれの企業・教育機関において,構成員の出発駅から職場(学校)までの所要時間と混雑の状況を,逐次更新して知ることが出来る仕組みが役立つと考える.



更新日時:2011年5月6日