「第 1 回“統合型地理情報システム”シンポジウム」( 1998 年 1 月 29 日)予塙集




新世紀の空間データ基盤と地理情報システム
――歴史と現状を踏まえた展望と研究課題
伊理正夫

概要
地理情報システム( GIS = Geographic Information System)は新しい世紀の情報化社会の情報基盤を形成するものであり,それに向けて新しい技術の開発,新しい社会・行政制度の構築,企業経営形態の革新,等々が,現在内外で矢継ぎ早に行われている。何故 GIS がこのように強い関心を集めているのかを歴史的な視点も含めて考察するとともに,流行の激しさに目を奪われずに長期的な観点からこの新しい技術の基礎に横たわる理論的,技術的,社会的諸問題を研究することの重要性を指摘する。新しい社会における新しいこの技術は,当然のことながら学問分野,産業分野,行政・政治の分野の伝統的な分類(諸分野の間の壁)を打ち破ることをも要求する。我々は「統合型地理情報システムの研究」の名の下に,既成の学問分野にとらわれず,10 年〜 20 年先まで見通して,大学においてこそ可能であるといえるような研究に取り組むつもりである。


1. 何故地理情報システムか,何故今地理情報システムか

†Spatial Data
ここでいう“空間”とは“無”,“宇宙”,“間隙”等のことではなく,“居住空間”,“都市空間”,“地域”等を意味する,どちらかといえばその道の専門家達の特殊用法であるといえよう。他の言語についても同じ;例えば,space(英), Raum(独), espace(仏), spatium(羅), прастранство(露)等。また,“位置”に時間的位置も含めるべきかどうかについては後で論ずる。

1.1. 空間データとその重要性 人間活動が地球表面(の近く)に拘束されている以上,地球上の位置と明示的に関連づけられたデータ(これを“空間データ( SD = Spatial Data )”と呼ぶ)が人間活動にとって基本的に重要であることは論を俟たない。その中には,一方では,広く全般に関わるものとして,地形・地質・植生・動物・河川・湖沼・海・地物等の自然地理的対象,道路・橋梁・鉄道・建造物等の社会基盤,気象その他の自然条件・環境条件,人口・工業・商業・農業・物流・交通・情報通信等の人間の経済・社会活動に関するデータ,等々があり,他方では,行政データ,公共企業体の施設データ,私企業の営利活動のための各種のデータ,等々がある。

ここで注目すべきは,これらのデータは相互に利用しあってこそますますその効果が発揮されるということである。また,地球上の位置(これについても座標系や精度等の問題があるが)あるいはその相互関係(位相関係はその最も重要なものである)は,地図(のようなもの)を使って表現されるのが常であり,すべてのデータが共通の地図を用いることによって相互利用が円滑になる。それにより利便を受ける分野のごく一部を挙げると,例えば次のようなものがある。

(a) 国土計画,都市計画,環境管理,道路管理,河川管理,文化財保護,等々

(b) 自治体日常業務(全庁システム),行政サービスの向上・即応性(含 高齢化社会における福祉対策),地籍管理,各種課税,利用料徴収,建築確認,等々

(c) 防災計画,危機対策,緊急時の対応(消防・救急等)

(d) 電気・ガス・上下水道・通信等の公共事業の施設管理・工事調整

(e) 流通業における収集配送計画・デポ設置計画(郵便集配も同様),一般企業における立地条件解析による新店舗の出店計画,顧客管理・営業活動,等

1.2. 地理情報システムとは 空間データを整備してそれにより上記のような効果を上げようという試みは,もちろん,古くからあった。幸い,我国では世界に誇れる国土基本図(縮尺 1/50000 ,1/25000 ,そして一部 1/10000 )が整備されているので,それを基にした各種の目的別地図も作られてきたし,また,測量法,都市計画法等に基づいて地域ごとの大縮尺地図も目的ごとに作られてはきた。しかし,見方を変えると,このような状況は異なる種類のデータを結合して仕事をするのには大変不便であるし,また,多くの異なる地図をその度ごとに作るという“重複投資”を産むことになる。そこで,“基本図”に相当するものを電子化して作り,コンピュータを用いて各種のデータをそれに結合すれば,すべてがうまく行くであろうと考えるのは自然である。後でより詳しく述べるが,実際,1970 年代の初頭には欧米の主として地方自治体においていろいろな試みがなされていたし,また我国においても建設省,自治省などを中心としてかなり先駆的な研究試行がなされていた。しかし,当時のコンピュータの性能,関連技術の水準の故に ―― メモリーのサイズ,処理スピードはもちろんのこと,特に入出力機器やそのためのソフトウェアが貧弱であったため ―― 本格的な実現は一種の“夢”であるとされていた。その後のコンピュータの性能,関連技術の水準の向上の目覚ましさはよく知られているとおりである。現在のコンピュータ・通信のハードウェア・ソフトウェアの水準をもってすれば,当時の夢は今や現実となっているといえよう。

一言でいえば,基本的な地図“的”データ(もちろん電子化されたもの),すなわち“空間データ基盤( SDI = Spatial Data Infrastructure )”を整備し,それにあらゆる空間データを結合して,上に例示したような応用システムを作ることができる。そのようにして作られたシステムを一般に“地理情報システム( GIS [ジー・アイ・エス] = Geographic Information System )”と呼ぶ。今まで異なる分野に属するとされていたデータを自由自在に結び合わせて相互に利用しあい常に最新の情報を維持して行くためには,空間データ基盤には従来の紙地図とは違ったそれなりの工夫が必要である。このようなシステムは必然的に大規模になり,分散システムとして維持管理しなければならない。そして大規模な異種情報の伝送という通信の問題の解決,独立に作られたデータの相互利用のための何らかの標準の確立,等々,情報化社会の根底に横たわるとされる基本問題が GIS に関連して典型的に現れてくる。

欧米各国,隣国の大韓民国等でも国を挙げて国土空間データ基盤の整備に乗り出しているし,また,国際標準化機構( ISO = International Standardization Organization < International Organization for Standardization)では “ Geographic Information / Geomatics”(‘ geomatics ’はカナダ製の英語であるといわれている)という名の分科会( TC211; TC = Technical Committee )を 1995 年に発足させ, 1999 年を目途に GIS に関する国際標準を完成させるべく鋭意活動中である。このような状況の下で(そして我国独自の見識も持って),我国においても GIS への関心がここ数年の間に全国的に産官学の全分野で急速に高まっており,今度こそは GIS が我国に実現するであろうと期待されている。

ごく最近の動きについては文献[ 30 〜 34 ]等が参考になる。まだ完成品ではないそうであるが, GIS 学会が編集している用語集[ 35 ]は GIS 関連の概念を広くカバーしている大作である。

2. 紙地図から空間データ基盤への移行の必然性

「紙地図よさようなら」という標語と「紙地図は永遠なり」という標語との意味するところを少々論じよう。ここで,“紙地図”というのは,象徴的な表現で, 2 次元平面に描画して人間が眼で見ることを想定して作られたもののことを意味している。媒体は特に“紙”でなくともよい( CRT ディスプレイ上に表示されたものでもよい)。

2.1. 国土基本図と測量技術・地図作製技術 我国の国土基本図(紙地図)の歴史は世界に冠たるものがある。伊能忠敬のような先人の業績は偉大であったが,システマティックな国土基本図作製の国家的事業は明治に入ってからである。細かな歴史は省いておおざっぱに述べると,始めは陸軍陸地測量部が,戦後暫くは内閣直属の地理調査所が,そして現在は建設省国土地理院が,その任に当たっている(海図については,海軍水路部の仕事を,現在では,運輸省海上保安庁水路部が引き継いでいる)。基本図は,まず縮尺(後述するように,紙地図においては縮尺と精度とは一体の概念であった) 1/50000 の地形図で全国を覆い,次いで 1/25000 で,そして現在,人口密度の高いところから順に 1/10000 の地図が作製されつつある。この国土基本図には,一枚の紙になるべく多くの情報を盛り込み分かりやすく表現するために,芸術的といってよいくらい,いろいろな工夫(伝統的な“総描”の技術)がなされているが,このことは裏を返せば,せっかく精密に行った測量の結果の情報を間引き,精度を犠牲にしているということでもある。

‡ GPS
GPS といえばカーナビで有名であるが,カーナビも GIS の一種であるといえる。

測量の技術も地図作成技術も明治以来,特にここ半世紀の間に,随分と進歩した。始めは“三測量”という名が示すとおり,一旦基線長を測っておいてあとは角度を精密に測りながら「相似形」の原理を用いて位置を定めていくという測量法が主流であったが,レーザ測距離計などによって“長さ”が精密に計られるようになると,角度が長さで置き換えられて,いわば“三測量”のような原理に基づく測量になった。また,航空写真,さらには人工衛星画像を用いた空中写真測量も測量作業の効率化をもたらしている。さらに,恒星や人工衛星等からの電波の位相差を用いて,非常に精度の高い相対距離が測れるようにもなった。地球上での位置を決定するためには,昔は,航海術で使われていた“天測”のような原理に頼っており,それには精密な時刻が不可欠だったので,精密な時計を運んだり通信で時計合わせをしたりしていたが,最近は測位のための人工衛星システム( GPS = Global Positioning System; 汎地球測位システム)が測量にも役立てられている。我国にはすでに驚異的な精度を持つ電波基準点が何千ヶ所も設けられている。その精度たるや,各地点の毎年の絶対位置の移動が精密に計られて,地殻変動が見られるくらいであるという。地球全体の上での各地点の位置が精密に計られるようになれば,地球の形状の近似として我国が独自に採用してきた Bessel 楕円体にこれ以上固執しているわけにはいかない。近々国際的に用いられている地球重心座標系を我国でも採用することになり,そのため最大数百メートルの差に相当する経度緯度の変更が基本図において行われる予定であると聞く。空間データ基盤のあり方は,このようなことも横目で睨みながら考えなければならない。

地図の作製技術についても,手作業の部分は次第に減り機械化・自動化・電子化が進んで,いわゆる“ digital cartography ”の時代になっている。しかし,注意しなければならないのは,これらの技術はみな「最終製品として紙の上に印刷された地図」すなわち「紙地図」を作ることを目的として開発されてきたということである。コンピュータのソフトも,極言すれば,“お絵描きソフト”であった。作製途中でいくら精度の高い大量の情報が得られていても,それらは結局捨てられてしまっていた。「紙地図からの訣別」をモットーとすることによって,このような“無駄”も防げるのではないだろうか。

我国の公共測量は,はじめは“官”があらゆることを受け持たなければならなかったが,次第に測量関連の仕事を生業とする“民”の力が強くなり技術水準も向上し,現在では実質的に“民”に負う率が高くなっている。あまり目立たないが,かなり巨大な情報産業がそこにはある。これは,一方では心強いことであると同時に,他方では巨大さによる慣性が急激な技術革新への素早い対応の妨げにならないかという心配もある。

2.2. 地図から読みとられる情報,地図から読みとりたい情報 従来我々が地図を用いて行っていた空間データの処理(とまで言わなくとも地図から読みとっていた情報)が何であったかを省みてみよう。現在では,精密な位置座標にかなりの関心が持たれているし,それは当然のことであるが,測量技術が未発達な時代の古地図やあるいは現在でも大ざっぱに道案内するための地図(鉄道路線図等はその最たるものである)を見ると,位置や距離,角度等はかなりいい加減であるが,道路や建物の相対的なつながりや位置関係はそこそこに正しいことに気付くであろう。このような“つながり”の情報を“位相情報( topology )”と呼ぶ。これに対して,絶対位置(経度・緯度など),距離,面積,角度,高度,等々の情報を“計量情報( metrics )”と呼ぶ。

それ以外にも,地図には様々な情報(地質,土地利用,地名,行政区名,道路名,河川名,地物,大きな建造物名,また,それぞれの所有者,管理者,等々;まとめて“属性情報( attributes )”とでも呼んでおく)が盛り込まれているし,また,もっといろいろな情報がほしいと言うことで各種の目的別地図が作られているわけであるが,根幹をなす情報は位相情報と計量情報であろう。旧来の技法では,コンピュータの中でこれらの情報を他の空間データと結合すべく扱うことは容易でなかった(特に,位相情報は)。

2.3. 何故紙地図では不便で空間データ基盤に移行しなければならないのか すでに述べた GIS の目的とするところは,従来は,紙地図と帳票データとを用いて行われてきた。そこそこの地図作製の自動化( AM = Automated Mapping )とデータ処理のコンピュータ化( OA = Office Automation )をしながら,多様な精度の情報を多くの部署で共有あるいは相互利用し,多様な目的に利用するためには,すなわち,異種・異精度のデータを突き合わせて高度の解析をするためには,そのようなやり方で処理の迅速化を図れば何とかなるという考え方もある。しかし,多様な縮尺の地図の間を行き来するにはこのようなやり方では対応しきれない。システムの柔軟性,拡張可能性,データ処理速度,データ交換速度,データ更新の容易性,データの新鮮度の維持,等々の観点から見れば,尚更のことである。基盤データを一元的に作製・管理し重複投資を避けることも,コンピュータ技術に基づく空間データ基盤の整備によって初めて達成できるといえる。しかし,当然のことながら,大縮尺から小縮尺への変換は情報論的に可能であるが,逆は不可能であるから,空間データ基盤として用いられるものは必然的に大縮尺の地図に相当するものとなる。

ここで注意すべきは,空間データ基盤の場合には紙地図の場合と異なり「一律の縮尺でデータを揃える」ことは必要でなく(むしろ無用であり),「個々の対象・データがそれぞれ固有の精度を持つ」という形でなければならないということである。

現在のところとりあえず, 2 次元的な情報が空間データ基盤の対象とされているが,後述するように,近い将来, 3 次元, 4 次元(時間などを考慮した),更には一般の n 次元の対象も扱う必要が生じるであろう。位相情報も,データベースの設計を適切に行えば,コンピュータにより敏速に自動処理可能となる(もっとも,この技術については,まだ理論的にも実用技術的観点からも興味ある研究課題が残っている)。

2.4. しかし紙地図は永遠である どんな情報システムも,最終的には人間が眼で見,耳で聞き,・・・,することによって理解,納得できるような形で結果を出さなければならない。そのためには,結局は見たい情報が見やすい形に整理された紙地図のような形の出力が望まれることは明らかである。紙地図は,そのような意味で,永遠なのであろう。しかしこの場合でも,紙地図は空間データベースの“本体”ではなく単なる表現手段であるということに注意しなければならない。

3. 異分野統合の必然性,新分野・新産業の創出

以上述べてきたように, GIS に関連する分野は伝統的分類からすれば非常に多岐にわたる。§ 1.1 においても指摘したように,すべての分野にわたると言っても過言ではない。ニーズの点からしても異分野を横断するシステムにならざるをえない。各ニーズにはそれぞれの技術の裏付けがなければならない。そして,それらを空間データ基盤を枠として結びつけるためには,今まで無かった新しい技術が必要であり,そのような技術に携わる新しい技術者が必要である。その人材の教育,育成は焦眉の急である。

旧来の産業分類,職業分類,省庁・局・部・課の間の壁,学問分野の分類(大学・学部・学科の間の壁),等々を超えた,文字通り transdisciplinary な体制(というより関係者の心構え)が必須である。

GIS を中心にして,新しい技術分野,新しい学問分野・教育分野,そして,膨大な需要を創出する新産業が生まれるであろう。実際,海外ではそのような需要を目指して国際的に商売をしようとする中小のベンチャー企業が多数生まれている。

4. 現状認識と反省

GIS や空間データ基盤への関心の高まりの現状をいろいろな観点から眺めることによって,現状に何が欠けているかも見えてくる。それが,自然と,今後我々が何をなすべきかを教えてくれることにもなる。

4.1. 異分野間の協力と新分野の誕生 前節までで概観したような GIS に関する現状は,政府のレベルでも認識され,国策として GIS 関連の事業を推進する気運が盛り上がってきている。実際, 1995 年に内閣に各省庁局長クラスからなる“ GIS 関係省庁連絡会議”が設けられ,国全体として国土空間データ基盤の整備, GIS 関連事業の推進,等のための施策が練られている。財政逼迫の折りにも拘わらず,関連事業への予算の割り当ては積極的に行われているとも聞く。これらを受けて,多くの省庁の中に“ GIS 研究会”というような名前の委員会・研究会等が置かれ,関係した事項の調査研究が熱心に行われている。これが,旧来の省庁間の縄張りを超えた協力体制の実現に結びつけばと,ただ願うばかりである。

interdisciplinary といい transdisciplinary といい, old disciplines から脚が洗えない人々の集まりであっては本当の仕事はできない。したがって, new discipline を作る覚悟で動かなければならない。そのような第一歩として,我国には 1992 年に“地理情報システム学会( GIS Association, Japan )”が誕生した。

世界的な業界団体の日本支部としての機能も果たすが,独立した団体である“ AM/FM International, Japan ( AM = Automated Mapping, FM = Facilities Management )”( 1990 年創立)もここのところ急激にその活動を活発化している。

国土空間データ基盤の整備に関心を持つ企業等で構成される “国土空間データ基盤推進協議会(略称 NSDIPA [エヌ・エス・ダイパ] = National Spatial Data Infrastructure Promoting Association )”は 1995 年に石原信雄氏を会長として創立され,官民一体事業である国土空間データ基盤整備の民間側の推進母体としての役割を果たすとともに,データ基盤活用による産業経済相互育成も目指している。この活動に対応した国会議員連盟(亀井静香会長,平沼赳夫会長代行,他)もある。

大学における教育・研究の組織的対応は,海外に比べて,いつものことながら,我国では遅れている。地理情報システム学会の会員である大学教員の所属する大学では,大なり小なり研究室レベルでの対応はなされているであろうが, GIS のような名称を表に掲げた組織のことはあまりきかない。しかし,岡部篤行教授等の御努力の結果,来年度から東京大学の中に全国共同利用の「空間情報科学研究センター」(数講座規模)が発足することになったという慶賀すべきニュースがある。また,科学技術庁の知的基盤整備推進制度の下で, 1997 年から 5 ヶ年計画でかなり大規模な研究プロジェクト「空間情報科学確立のための空間情報のデータベース化に関する研究開発」(研究組織は,地質調査所(中核機関),国土地理院,科学警察研究所,港湾技術研究所,防災科学技術研究所,東京大学,都立大学,国土開発技術研究所,三菱総合研究所, NTT データ通信,パスコからなる)がスタートしている。

4.2. 新技術と標準化の動向 地理情報の国際標準化に関する動向については § 1.2 において一部触れたが,国際標準は一旦定められればその影響は甚大であり,標準作成過程に深く参画することが重要であるので,我国もこの国際標準化の動きに積極的に参加貢献すべきであるとの考えから,強力な「 ISO/TC211 国内委員会」を測量調査技術協会内に置き, ISO の二つの作業グループにリーダーを送り出したり専門家として多くの作業グループに加わったりして, 1999 年の標準完成に向けての国際貢献を続けている。これと歩調を合わせて,空間データ基盤の国内標準についての調査研究も,国土地理院が中心となって,いわゆる“官民連帯共同研究”の形で進行している。

このような活動を通して明らかになってきたことの一つとして,個々の研究者(あるいは研究グループ),個々の技術者(あるいは企業)の能力のことはさておいても,国レベルで組織的に GIS に取り組んできた実績に関して,概していえば,我国は欧米にかなりの遅れをとっているということがある。また, GIS 関連のソフトウェアについても,一二の例外を除いて,「自前で作るより買った方が即効があり安上がりだ」と考える悪い癖がまたしても現れているという事実が,あながち否定できないのは寂しい。

GIS には限らないが,一部を除いて大学の教員は,標準,特に国際標準,への関心は低いのではないかと思われる節が,率直に言って,ある。某超大国がそうであるからかどうかは知らないが。 SI 単位系については流石にそろそろ常識化しているようであるが,それと表裏一体となった記号法などについては無関心な人が多い。 GIS の標準化が完成しても,その普及にはまた大きな努力が必要になるのではないか。

4.3. 狭い短期的な視野 空間データ基盤整備は,一方では急がなければならない国家的事業であると同時に,他方では拙速を避けなければならないことでもある。すでに理論的に明らかになっていることを,実務的によく検討して取り入れて作業するだけでも大変であろうから,当面の作業に雄大な将来構想を取り入れる余裕はあるまい。精々,後者の妨げにならないような形のデータベースを設計し,その整備作業をなすべきであろう。しかし,それにしても,年度切りの予算の枠の中で ―― しかも,例えば補正予算のように執行が急がれる枠の中で ―― 未熟練作業者を動員した人海戦術で,ゼロから大量のデータを作り上げるのは,ことの本質上かなりの無理がある。予算の執行形態がより柔軟であってほしいと望まれるとともに,利用によりその品質が確認されている既存のデータの体系的な活用技術を開発することも緊急に必要だと思われる。

4.4. 保守性と横並びの体質 眼を海外に転ずると,隣国韓国では政府の中に National GIS Steering Committee が設立され, 15 人の専門家からなる National GIS Advisory Committee が設けられ, 1995 年から 2005 年までの 10 年間に約 4 億ドル(当時)の費用で国家的な GIS を実現する具体的な計画が策定され,それが予算とともに閣議決定されているという。 1/500 地図相当の空間データ基盤はすでに全国を覆っているともいう。[以上,“ Tschangho John Kim: National GIS Implementation in Korea ―― Plans, Programs and Processes. ”による。]

英国では, Ordnance Survey (我国の国土地理院のような所)を中心に 2005 年を目途に進められていた国土空間データ基盤整備事業が,目標年度を待たずに完了してしまったという(§ 4.1 で述べたような制度上の問題も多分絡んでいるのであろうがそれにしても)我国の常識では信じられないようなニュースがある。( 1/1250 (都市部), 1/2500 (農村部), 1/10000 (その他)で全国をカバー。)

これに較べて我が国では,国民それぞれは好奇心旺盛で新しいもの好きではあるが,それも流行ってくればのことであって,社会・国家全体としてみると保守的で,決断が鈍く,横並びの体質がある。「石橋を叩いて渡る(叩いても渡らない)」,「皆で渡れば怖くない(皆で渡らないと怖い)」等,と俗に言うように。

5. 歴史から学ぶべき教訓

空間データ, GIS の歴史はどこまで遡れるか分からないが,現在の技術,社会的課題に直接関連のありそうなもので筆者が何らかの形で関わったものを中心にして,以下に抄録し,将来に向かって我々が研究を進める際に汲み取るべき教訓を探ってみたい。

5.1. GIS の研究・試行の黎明期 § 1.2 において触れたように, 1970 年代の初頭には,欧米を中心として現在でいう GIS の概念に注目していた連邦政府,地方自治体がいくつもあった(詳しくは[ 2, 13, 16 ]を参照)。その中で特に有名なのは,森林資源管理,農村開発等を主たる目的として作られたカナダの土地利用現況のデータベースであろう。 1/50000 地形図をベクトル化してコンピュータに入力したものを基盤として,それに諸属性データベースを結合するという考え方,そしてデータの位相構造化に配慮する点などは,現在でも十分通用するものである。そのアイディアの始めは 1962 年に遡り,世界最初の GIS であるといわれている。 1974 年には既に殆ど完成していた。しかし,その後のフォローアップは必ずしもよくなく,現在では一つの歴史的なシステムとなっている。当時は単にカナダの GIS と呼んでいたが,現在では Canadian GIS と固有名詞化して呼ぶことが多い。

米国では,この頃 California 州で DIME と呼ばれる一種の都市情報システムが作られていた。このシステムは,今見ても十分に効率的なデータ構造を用いて,都市の道路網,街区等の位相構造を表す等,計算機科学的に見ても先進的なものであった。 DIME の考え方は,その後米国の地図作製の標準の一部として USGS (= United States Geological Survey) 等によって保守・改良され,今日に至っている。このような政策の連続性,技術の連続性は,国の力,産業の力の支えになっている。

国内では, 1973 年に建設省大臣官房情報管理室に「地理情報システム研究会」が設けられて,基礎的な研究から実用化の可能性まで徹底的な調査・研究・実験がなされ, 1975 年から 1979 年にかけて地理情報システム,都市情報システムに関する多くの報告書[ 2 〜 12 ]が出されている。地理情報システムの地方自治体行政への応用という観点から,自治省でも関心を持ち報告書[ 13 ]も出されている。(次節で述べるメッシュデータ系の話もこれらには含まれている。)これらの報告書には,現在の GIS において重要視されている多くの点(例えば下記の諸点を含む)について既に積極的提言がなされている。

(a) 位相構造表現のための具体的データ構造の提案

(b) 異種データの結合と相互利用の具体的な手続き

(c) 自治体への全庁システムの導入

(d) 地名などを用いた間接参照系の利用

(e) システムを利用しながらデータの誤りを訂正し,変化を即時に捉えてデータを更新することにより,データを常に新鮮に保つこと

これらに基づいて,いくつかの地方自治体において実験的なシステムが作られ,有効性の評価がなされたが,一言でいえば,“時期尚早”の憾を免れず,本格的な実現は環境諸条件が整った今日を待たねばならなかった。この間,欧米のように継続的にGIS技術の保守・改良に携わるしっかりした組織を持てなかったのは,我国にとって遺憾なことであったと言わざるをえない。もちろん,組織的というより個人的といった方がよいような形で,一部自治体で細々と GIS を続けていたところもあった。 1995 年の阪神淡路大震災の時に,そのような所の GIS あるいはその基礎になるデータ基盤が,災害の実態の把握,被災者援護,復旧計画等に役立って,意義を見直されたという話を聞く。

国土空間データ基盤整備の声が高まるのに先駆けること十余年,国土空間データ基盤の標準化とほぼ同様の目的を持って,国土地理院が主導した「白地図データベース基準化協議会」が一つの基準をまとめ 1986 年に公表していることにも注目すべきであろう。これは縮尺 1/2500 の白地図情報の電子化を想定したものであったが,当時の担当者の言を借りると,これもまだ普及するには“時期尚早”であったらしい。

我が国の産業界では, GIS の重要性,将来性に早くから着目して, 1970 年代から,優秀な人材を投入して GIS 関連の強力な研究・開発チームを作った大企業が少なくなかったが,その殆どは利益に結びつくまで辛抱できずにチームを解体し,今日の GIS ブームにそのころ培われた技術力の蓄積が生かされていないのは,我国の通例とはいえ,残念である。

海外におけるこの時代のアカデミックな研究としては,もし一つだけ例を挙げるとすれば,かなり大部の[ 24 ]がある。§ 5.4 で述べるように,その後大きな進歩がこの分野にあったとはいうものの,この時期に“ topology ”や“ data structures ”を正面に掲げた研究を推進しているのには敬服のほかない。

§メッシュデータ
“ mesh data ”は和製英語で,外国では“ grid(ded) data ”という。 mesh と grid では概念が反対であるという人もいるが,たとえ“ mesh ”に“面”のイメージがあり“ grid ”に“点”のイメージがあるにしても(実際はそうでもないが),あるメッシュの中の人口をそのメッシュの中の代表点(重心など),すなわち“ grid point ”に付随させるという風に考えれば, mesh も grid も, 2 次元平面地図を扱う限りにおいて,位相幾何学的には単に同じものを“双対( dual )”に眺めているだけであるとも見なせる。
 我国の基準メッシュは法律により定められている。近々経度・緯度の定義の変更が行われたときメッシュの定義を変更するのか,古いままにしておくのか,関係者にとって悩ましい問題も生じよう。

5.2. 国土数値情報(メッシュデータ)の時代  1970 年の初頭には,地理情報の利用についてもう一つの流れがあった。それは,日本全国を切りのよい経度緯度で碁盤の目に切って,それぞれに各種の空間データを付随させたもの,すなわち“メッシュデータ§”を整備して,それを一種の GIS の基盤データとして用いようというものである。まず最初は東西南北 10km × 10km 位のメッシュ約 4 千個で全国を覆い,そのデータを基にして,国土総合計画等に役立てるべくいろいろな研究がなされた。(その一例が[ 1 ]にある。当時東京大学工学部におられた森口繁一教授,故 奥平耕造助教授等が研究を主導されていた。)

この流れは,さらに細かい約 1km × 1km のメッシュ(総数四十万弱)で全国を覆い,人口,地形,地質,土地利用現況,経済活動,道路,鉄道,土地利用規制,等々,非常に多くの種類のデータをメッシュデータ化して整備しようという,国土庁および国土地理院による“国土数値情報”整備事業へと発展した。(標高については,更に細かく約 250m 間隔の点におけるデータが作られた。現在では,約 50m 間隔のデータもある。) 1974 年から 1980 年にかけて基本的なデータを集め(原データは 1/25000 の国土基本図や国勢調査その他の社会統計データ), 1981 年からはデータの保守・更新,高精度化,新項目(例えば,土地評価額等)の増加,等に力が注がれた。

このメッシュデータは国土に関する地理的な基礎情報として重宝され,政府各省庁,地方自治体,私企業等において,更にいろいろな種類のデータを追加しながら,かなりよく利用されてきた。データの公開もなされた。我国の空間データ整備とその利用の歴史において,この国土数値情報の果たした役割は大きかったといえよう。(文献としては[ 14 〜 23 ]等がある。)

メッシュデータが広く受け入れられ利用されてきた理由を考えると,これから GIS を進めていく上で参考になる点が多い。第一に,情報処理技術の観点からみると,何も高級な技術を必要としない。長さや面積の緯度による補正には気を付けなければならないが,メッシュ間の隣接関係(この場合の位相関係)はメッシュ番号(メッシュコード)を参照すれば自明である。データ解析の結果もそのまま容易に図化できる。第二に,データ整備も,人海戦術でも何とかなるし,航空写真や人工衛星画像からの自動読み取りも比較的直接的である。要するに,簡便で分かりやすい点がその長所である。


¶現在では,メッシュは一種の図廓であるという認識になっているのではないか。また,位相構造をもった大規模なベクターデータを扱うときには,一種のメッシュとも見なせる“ buckets ”を利用するのが実用的には有利であるという話もある[ 26 ]。

しかし,メッシュデータは,面的あるいは点的な情報を表現するのには適しているが,線的な情報(道路,鉄道,河川,行政区界,等)の表現には馴染まない。より精度の高い解析をしようとすると,この点が障碍になる。それよりも何よりも,メッシュデータは“ 2 次データ”であり,原データにかなりの加工を施して作られるものであるということがある。そうであるならば,より原データに近い形のデータを用いる方がよいのではないかと思うのは自然であろう。これを突き詰めれば,結局は現在の空間データ基盤を用いた GIS に行き着くのである。( 1970 年代の中葉から 1980 年代にかけて「メッシュデータかベクターデータか」という,今になって思うとやや見当はずれの議論が盛んであった。)実際,国土数値情報の時代も後半にかかると,メッシュごとに行政区界,鉄道,道路,河川,規制区域界,等の線データを作製していたし,それが“数値地図 10000 ”(フロッピーディスクの形で公刊)を経て,現在の空間データ基盤でもある“数値地図 2500 ”( CD-ROM の形で公刊)につながっていった。

GIS の中でメッシュデータ,ラスターデータ,更にはイメージデータなどの果たす役割は消えるわけではない。 ISO/TC211 においても,あくまでも補助的な表現形式としてではあろうが,これらを扱うときの標準について検討中である。

5.3. 先駆的なシステム 公益事業体における本格的な GIS の構築と実用の,我国における先駆的な例として挙げておかなければならないのは,東京ガスの導管網の管理システムであろう。 1977 年から今日に至るまで,技術の発達に沿ってシステムの改良もしながら, 1/500 の大縮尺の道路情報の枠の中に,道路下から各需要者の屋内までの管路や器具の情報を結合して,施設管理,顧客サービス,事故対策,等々に役立てている。( 1985 年には石川賞を受賞している。)これは,我国のその後の GIS の導入に際して一つの模範例になっているといえよう。

1985 年に建設省道路局の外郭団体として,多くの省庁,地方自治体,公共企業の協力を得て,道路管理センターが設立され,道路占有物の一括管理を行う“道路管理システム”が稼働し始めたのも,我国の GIS の歴史の一つのエポックであった。政令指定都市を含む人口密集地域に対して,次々と,大縮尺の道路情報を整備し,それにガス,電気,上下水道,通信,等の地下埋設物,道路上の諸物件の情報を結合させ,関連の自治体,企業が協力して,工事調整の効率化や諸届出手続きの簡素化,道路使用料の計算の迅速化 ―― そして副産物的に,道路現況変更情報の迅速な取得によるデータ基盤の迅速な更新も ―― を実現しようとするものである。時期からいっても規模からいっても,大袈裟にいえば,世界的に先駆的・意欲的なプロジェクトであったといえよう。出発が早かったこと,関係者が多様(その意識においても技術水準においても)であること,等のため,このシステムの普及・定着のための担当者の苦労は並々ならぬものがあったと聞く。その経験は,これから我国の各所に GIS を浸透させていくときに大いに参考とすべきものであろう。この経験は,しかし,私企業がいわゆる OA 化を行ったときに既に経験したことと同種のもののように見える。創立 10 年以上を経てもシステムがそれほど陳腐化していないのは,初期の設計が良かったこともあろうが,担当者の継続的な努力に負うところが大きい。 10 年の間のハードウェア,ソフトウェアの進歩を取り入れて,システムの改良をして行くことは,巨大な組織にとっての試練であろう。

1990 年以降に設立された GIS 関連諸団体については既に § 4.1 で述べたとおりである。

*この言葉は,それより前,中国の高名な数学者 蘇歩青( Su Bu-qing )が文化大革命で造船所に下放されていたとき,船体の形状の計算法を考案し,それに付けた名前であるといわれているが,もちろんここでのものとは直接関係ない。

5.4. 計算幾何学の誕生 上記のような歴史の流れの中で,必然か偶然かは分からないが,特筆すべき進歩が計算機科学の分野で起こった。すなわち“計算幾何学( computational geometry )”の誕生である。それは 1975 年頃米国 Northwestern 大学の D. T. Lee や Yale大学の M. I. Shamos によって創められ,瞬く間に多くの若い秀才を魅惑する大分野に成長した。その分野を扱う国際学術雑誌も数誌あるし国際研究集会も頻繁に行われている。そのあたりの詳しい話や最近の発展については[ 28 ](及びそこにある文献表)やその後出版されている多くの“計算幾何学”の名を冠する書物(ごく最近のものとしては[ 29 ]等)を参照されたい。

我国でも,地図に関連した情報処理技術の改良という動機[ 25 ]から,海外とは独立に,日本オペレーションズ・リサーチ学会を中心として地理情報システムへの応用を積極的に念頭に置いた計算幾何学の研究が始められ,独自の方法論を築いた[ 26 ]。もう,研究は国際化の時代を迎えていたから,程なくして米国やカナダや欧州の研究者との交流・協力は始まった。また, 1981 年から 3 年間,鹿島学術振興財団からの助成を受けて,日本オペレーションズ・リサーチ学会の中に研究部会が設けられ,広く深い調査・研究が行われた。その成果は,まず 1983 年に日本オペレーションズ・リサーチ学会の報文集の一つとして公刊され[ 27 ],全面的に増補改訂したものが共立出版の雑誌 bit の別冊として 1986 年に,それを更に改訂した第 2 版が単行本として 1993 年に出版された([ 28 ]は第 2 版の第 2 刷である)。この学会には個人的にはこの分野で高い能力を有している会員が少なくなかったが,それが学会活動の一環として顕在化することはその後なかった。

6. 「統合型地理情報システム」研究グループの目指すもの

研究期間中にどういうやり方で研究を行いどのような成果が得られるかが研究開始前に分かっているはずはない。真の研究であるならば,研究進行に伴って次々と新しい課題・新しい方法が発見され,期間終了時には開始時には予想しえなかったような ―― 勿論,より大きな ―― 成果が得られているというのが,理想的な研究プロジェクトの進め方であろう。

そのようなことは十分弁えた上で,敢えて現時点における我々の研究課題への取り組みの姿勢,現時点での我々の問題意識を以下に記す。

6.1. 長期的視点と実世界からの乖離の回避 現在 GIS は一種のブームを作り出している。ブームは混沌をももたらす。ところで,これに至る歴史を顧みるに,ほぼ四半世紀前からの研究・試行錯誤の積み重ねが今日の GIS の実現につながっている。すなわち,四半世紀前の夢が今現実になりつつある。新世紀に向かって空間データの利用は量的に増大するとともに利用形態もますます多様になっていくであろう。今後の 10 年〜 20 年,あるいは次の四半世紀に来たるべき GIS の発展とそれに備える技術およびそれを支える理論を今から準備しておかなければならない。すなわち,将来に向けて今夢を育んでおかなければならない。柳の下に二匹目の泥鰌を探すには,それなりの工夫が必要であるが,その成算をもって我々は研究を計画している。

しかし,夢が単なる理論のための理論に止まったのではならない。現実の混沌の中に本質を見出だすべく,常に現実を見つめ,また,いつかは現実に役立つ技術となるような理論構築をしようという態度を忘れてはならない。我々はこの点を第一に重視する。

6.2. 基本的課題の発見と取り組み 当面考えている基本的課題の中には以下のようなものがあるが,既に述べたようにそれらに限られたものではない。取り上げた課題は,実用問題への適用を通じてその有効性を示すとともに,なるべく汎用的な算法,できればそのためのソフトウェアも作るようにしたい。

(a) 基本的数学モデルの考察

古くは“情報代数”の時代から,その後“関係データベース”の時代等においても,データモデルの議論は何遍も繰り返されている。 GIS の場合には,その情報構造は一般的であるとは言いながらもかなり明確であるので, GIS に適した数学モデルをここでもう一度考察してみるべきであろう。現在の所,それに類するものとしては 2 次元平面の分割を表現する位相複体(といっても,平面グラフとその双対グラフの対)およびそれに ad hoc に結合しうるいわゆる“レイヤー”の集まりという形のものがあるにすぎない。しかも,その結合も,絶対位置によってなされている場合さえある。( object-oriented にするにしても,その前により基本的な数学的モデルを確定しておかなければならない。)

データの信頼性,新鮮性は「利用しながら向上させる」のが窮極の理想ではあるが,それにしても入力時の誤り検出・訂正の技術は確立しておかなければならない。そのような目的のためにも,基本的数学モデルが役立つべきである。

(b) 多次元への展開

現在の GIS ,空間データ基盤は,紙地図からの脱却を目指しながらも 2 次元平面の呪縛から完全に解放されているとはいえない。思い切って 3 次元構造に取り組むべきである。

実際,地下の利用,空中の利用はこれからの都市における重要課題であるし,また地層,地質,地下資源などの構造も必然的に 3 次元情報として扱わなければならない。しかし,一言で 3 次元といってもいろいろなものがある。 2 次元地図に各地点の標高情報が含まれていれば,それから鳥瞰図を作ることは容易であり,既にこれは常識的な手法とみなされている。 3 次元 GIS の名の下でいわゆる“景観解析”を考えている人達もいる。地下埋設物などは,その 2 次元位置と深さといくつかの属性で表すという,いわゆる 2.5 次元表現が現在は主流である。空中,地中での交差の表現も,伝統的な地図ではいろいろな工夫がなされてきた。高層(でなくてもよいが)建物,地下構造物,地下街,地下鉄,等の情報を取り扱うにはどうしたらよいか。このように 3 次元を扱う必要性は目前に多く存在する。それらにいちいち ad hoc に対処し続けるには,限度があろう。

4 次元 GIS ,あるいは Dynamic GIS ,という声も聞かれる。伝統的な統計分野で扱われている“時系列データ”は,いわば,時間軸を特別扱いした 4 次元データであるといえる。もっと時間的変化の早い現象も遅い現象もある。さらに,変化の速さは場所によって異なるのが普通である。 GIS の時代に時間変化を伴う現象をどのように扱うべきかは大きな課題である。

このように,いろいろな側面から“多次元”への展開の必要性が見えてきている。上に触れたもの以外にも多次元化の可能性,必然性を秘めたものがあるかもしれない。そのような可能性の追求も研究の範囲に含めておきたい。一方では,伝統的な数学の一分野である位相幾何学における諸概念や,そこで培われてきた手法がどこまで多次元 GIS に取り入れられるか,どのように修正して実用技術とすればよいかという課題も研究したい。(最近“結び目理論”がかなり分かりやすくなってきたことにも注目したい。)

計算幾何学との関係で言えば,そこで発達してきた手法・理論は主として 2 次元に対するもので, 多次元になると急に問題が難しくなるということも分かってきている。一方では,理論的な計算複雑度と実用的な計算量とは必ずしも平行するものでないことも経験を重ねるにしたがって知られてきた。コンピュータとアルゴリズムの進歩が,多次元 GIS の可能性を大きくしていることは確かである。

(c) データ変換手法

 空間データの一応の標準が定められてもその標準に適合しないデータがあるときそれを,また既に別の目的のために存在する良質のデータを,整形あるいは変形して,目的に合うよう変換し活用するための一般的手法(および個別手法)を追求することは,実用上重要である。そのような手法の基となる理論の建設もまた必要であろう。

(d) 通信技術との関係

GIS と通信技術との関係は深く多面的である。国土数値情報の時代から,電波伝播の解析に標高データはよく利用されていた。移動体通信の時代にはより波長の短い波が使われるから,より細かな 3 次元データが必要とされよう。厳密な解析的な電波伝播理論でなく,近似的でもよいから GIS データが利用できるような理論・手法を確立したい。移動体通信に関連したチャンネル割当,アンテナの配置,等の問題に役立つことは明らかであろう。また,そのような目的に役立つようなデータ基盤は如何にあるべきかも研究課題である。

もう一つの側面は, GIS のデータを如何に効率よく交換するかという問題である。既に述べたように, GIS 関連のデータは非常に大規模であるから,集中管理には馴染まない。必然的に分散管理,分散システムにならざるをえない。となると,データの相互利用のための大量情報の伝送という問題が生じる。各所にミラー(複製)を置くことは伝送効率の面からみればよいかもしれないが,データの新鮮さ,同一性を保つのが難しい。(このような問題は,一般のデータベース理論での問題でもあるが, GIS の特性に即した問題として捉えて研究したい。)

(e) GIS の信頼性 ―― セキュリティ,暗号化,等

多種類の情報を有機的に結合して相互利用し,不特定多数の人々にもできるだけ公開するのが, GIS の特徴の一つであるとすれば,当然のことながら,そこにはシステム全体としての情報セキュリティの問題が生じる。他の情報システムでも問題になることではあるが, GIS が新世紀の社会情報基盤となるからには,この問題を等閑視できない。 GIS の将来の運用形態を想定しながら,システムの信頼性を広い観点から検討すべきである。暗号化の技術等は勿論中心的な役割を果たすであろう。このような技術を十分に活用することによって, GIS の導入に対する謂われない懸念を払拭するためにも。

(f) 情報公開,行政の透明性・アカウンタビリティの確保と個人情報の保護

これからの社会では公的機関の保持する情報の公開,行政の透明性,等が求められる。それを実現するための媒体として GIS が非常に適したシステムであることは明らかである。情報公開によってはじめて,市民の納得と合意に基づいた行政や企業活動が実現する。

しかし,他方では,これとプライバシー保護とが矛盾する場面もあるという懸念がもたれている。両者のバランスをどうとるかは,単なる技術的問題に止まらない社会的問題でもある。社会的な問題と技術的な問題とは,相互に影響しあいながら変化を作り出していく。その相互作用を検討するのに GIS は好適な例を提供してくれる。特に,情報検索の機能の画期的な向上(検索可能範囲の拡大,検索速度の向上,相互参照の容易さ)は,量的な変化にすぎないとも見なせるものの,実際には質的な変化をもたらすものである。このような観点からの研究も我々にとって重要な課題である。

(g) 新しい応用の可能性,そのための方法論

本論の各所で触れた例は,そして現在世の中で語られているものも, GIS の応用分野のごく一部にしかすぎない。全く新しい観点から, GIS に関連した技術分野や研究課題を発見し,その現実問題への適用可能性と効果とを探ることもまた試みたい。

6.3. 学内異分野間の協力 研究グループメンバーのリストは,あくまでも中核メンバーのリストであって,開いた組織として学内の叡智を集めて研究が進められるよう努力する。

6.4. 学外との協力 上にも触れたように, GIS 関連の研究組織が最近急激に増えてきている。それらとの間の情報交換,協力関係を重視したい。個人的なレベルでも,組織としても。 GIS に関心を持つ学会も増えてきているので,それらを通じての交流も行いたい。

6.5. 産官との協力 いうまでもないことであるが,実務家の方々との意見交換,共同作業等は,それ自身有意義であることは勿論,基礎理論の研究にとっても重要なことであるので,積極的に産官との協力関係を保ちたい。

6.6. 海外との協力 一般的に言って,あるグループが意味のある研究成果を積み重ねて行くと,自然に海外の同種の研究グループとの交流が始まるものである。本研究の場合も例外ではなかろう。むしろ,我々としては,進んでそのような可能性を追求していきたい。

6.7. 研究経過の公表 研究経過・中間成果を発表し,それらに対する外部の方々からの御批判・注文を承るため,なるべく頻繁にシンポジウム,コンファレンス,ワークショップ等を開催したい(全体テーマに関するものも部分テーマに関するものも)。

関連学会における研究発表を積極的に行うことは言うまでもない。

結言

以上,本年度より 5 ヶ年かけて行う研究に関する我々の問題意識,研究の基本的な方向,研究に対する姿勢,等々について,やや詳しく述べたが,多くの方々が我々の活動に関心を持って,率直な御批判,御助言,御示唆を賜れれば有り難い。

謝辞

本研究の開始に当たって,以下に,関係者への謝辞を記すとともに,研究の進行に対しての更なる御支援をお願いしたい。

中央大学理工学研究所が文部省により私立大学ハイテク・リサーチ・センターに選定され本研究プロジェクトがスタートできるようになるまでには,大学内では,理事,学長,理工学部長,理工学研究科委員長,前理工学研究所長,理工学研究所先端技術研究部会,関係の事務の方々の,大きな激励と支援とがあった。私立大学ハイテク・リサーチ・センター選定に関わられた文部省関係者の御理解が得られなければ実現しなかったことは言うまでもない。ここに記して感謝する。

また,本論の記述はすべて筆者の責任であるが,これを纏めるに当たっては,研究グループのメンバーの方々との討論に負うところが大きい。更に, GIS について全く無知であった筆者を,三十年以上にわたって,学問面でも実務面でも,教え励まして下さった,師,先輩,同僚,共同研究者,関係諸官庁,諸学会,諸民間団体の方々は,逐一お名前を挙げることができないくらい多数であるが,これらの方々には心から感謝したい。

文献

以下は本文中で引用したもののみで,決して完備した文献表ではない。また,原則的に,カテゴリーごとに括って,年代順に並べてある。

[ 1 ]建設省道路局: 全国総合交通体系調査. 1972 年 3 月.

[ 2 ]建設省大臣官房情報管理室(編): 地理的情報システムの方法 ―― 行政と国土情報. 1975 .

[ 3 ]建設省大臣官房情報管理室(編): 国土情報全体システムの研究. 1976 .

[ 4 ]建設省大臣官房情報管理室(編): 建設省大臣官房情報管理室(編): 都市情報システムパイロットモデル(地理的情報システムの実験). 1976 .

[ 5 ]建設省大臣官房情報管理室(編): 地理的情報システムにおけるグラフ構造とそれに関連した言語的諸問題について. 1976 .

[ 6 ]建設省大臣官房情報管理室(編): 都市情報システムパイロット・モデル(地理的情報システムの実験). 1976 .

[ 7 ]建設省大臣官房情報管理室(編): 都市情報システムパイロット・モデル(実験プログラム結果集). 1977 .

[ 8 ]建設省大臣官房情報管理室(編): 都市情報システムパイロット・モデル(資料編). 1977 .

[ 9 ]建設省大臣官房情報管理室(編): 都市情報システム実用モデル開発調査報告書. 1977 .

[ 10 ]建設省大臣官房情報管理室(編): 都市情報システムにおけるデータベースの研究. 1977 .

[ 11 ]建設省大臣官房情報管理室(編): 都市情報システムの概要. 1978 .

[ 12 ]建設省大臣官房情報管理室(編): 都市情報システム. 1979 .

[ 13 ]地方自治情報センター: 地域情報システムに関する調査研究. 1980 .

[ 14 ]建設省国土地理院: 国土数値情報の概要. 1980 .

[ 15 ]建設省国土地理院地理情報室(編): 数値情報の基礎知識. 1981 .

[ 16 ]国土庁計画調整局(編): 国土情報 ―― 国内・国外の動向(国土情報シリーズ 1 ).大蔵省印刷局, 1986 .

[ 17 ]国土庁計画調整局(編): 国土数値情報(国土情報シリーズ 2 ).大蔵省印刷局, 1986 .

[ 18 ]国土庁計画調整局(編): 国土数値情報の知識管理 ―― 統計データモデルとその応用(国土情報シリーズ 3 ).大蔵省印刷局, 1986 .

[ 19 ]国土庁計画調整局(編): コンピュータによる国土情報の管理と利用(国土情報シリーズ 4 ).大蔵省印刷局, 1986 .

[ 20 ]国土庁計画調整局(編): 国土情報によるビジュアル・コミュニケーション(国土情報シリーズ 5 ).大蔵省印刷局, 1986 .

[ 21 ]国土庁計画調整局(編): 地理情報システム(国土情報シリーズ 6 ).大蔵省印刷局, 1986 .

[ 22 ]国土庁計画調整局(編): 日本列島ふるさとふれあいを求めて(国土情報シリーズ 7 ).大蔵省印刷局, 1986.

[ 23 ]建設省国土地理院(監修): 数値地図ユーザーズガイド.日本地図センター, 1992 .

[ 24 ] G. Dutton (ed.): Harvard Papers on Geographic Information Systems. First International Advanced Study on Topological Data Structure for Geographic Information Systems, in 8 volumes, 1978.

[ 25 ]伊理正夫,田口東: XY プロッターの最適描画順序と計算の複雑さ. 1980 年日本オペレーションズ・リサーチ学会春季研究発表会アブストラクト集, 1980 年 3 月, P-8 , pp.204--205.

[ 26 ] T. Asano, M. Edahiro, H. Imai, M. Iri and K. Murota: Practical use of bucketing techniques in computational geometry. G. T. Toussaint (ed.): Computational Geometry, North-Holland, 1985, pp.153--195.

[ 27 ]伊理正夫 他: 地理情報の処理に関する基本アルゴリズム.日本オペレーションズ・リサーチ学会報文集, 1983 .

[ 28 ]伊理正夫(監修,著),腰塚武志(編集,著),浅野孝夫,室田一雄,今井浩,鈴木敦夫,中森真理雄,四茂野英彦,岡部篤行,杉原厚吉: 計算幾何学と地理情報処理(第 2 版, 2 刷).共立出版, 1997 .

[ 29 ] J. E. Goodman and J. O'Rourke: Handbook of Discrete and Computational Geometry. CRC Press, Boca Raton and New Yor, 1997.

[ 30 ] GIS 研究会: GIS 研究会第一次報告 ―― 空間データ基盤整備の全国展開をめざして.国土地理院技術資料, 1996 年 2 月.

[ 31 ] GIS 研究会: GIS 研究会第二次報告 ―― 情報ハイウェイ時代にふさわしい社会を目指して.国土地理院技術資料, 1996 年 5 月.

[ 32 ]建設大臣官房技術調査室,国土地理院(監修): GIS 研究会報告 ―― 解説. 日本建設情報総合センター, 1996 年 10 月.

[ 33 ]国土庁土地局: 市町村のための地理情報システム整備マニュアル. 1997 年 5 月.

[ 34 ] GIS 利用技術研究会: GIS データブック 1997 (日本の地理情報システムの紹介).日本建設情報総合センター, 1997 .

[ 35 ]地理情報システム学会 用語・教育分科会(編): 地理情報科学用語集. 1997 .




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