09. 最適オーヴァーハング -虚空に架ける橋-

図1のように, 長さ2の板を机の端から少しずつずらして積み上げ, 1番上の板を机の端からできるだけ遠くへ離すことを考えよう. ただし1番下の板は, 机からはみ出てはいけないとする.

図1: 7枚の板でのオーヴァーハング

図1: 7枚の板でのオーヴァーハング

図1は7枚の板の場合を示しているが, この図のように, 1番上の板は(2番目の板から)1の長さ右にずらし, 2番目の板は(1/2)の長さ右にずらし, 3番目の板は1/3の長さ右にずらし, ... , 6番目の板は(1/6)の長さ右にずらすと, (理論的には) 崩れずに積み上げることができる. 一般的に, 長さ2の板がn + 1枚あれば, 上からi 枚目の板を, その下のi + 1枚目の板から, 1/ i だけ右にずらした配置は, 崩れずに積み上がることは, 容易に確認できる. この積み方によって, 1番上の板は机の端から1+1/2+・ ・ ・+1/n, これをHn と書く, の距離だけ離すことができる. ちなみに, Hn はハーモニック数と呼ばれ, n が大きくなると無限大に発散することが知られている. すなわち, 十分な数の板があれば, どんな遠くにも届くアーチを作ることができる.

さてここで考えるのは, n + 1枚の板があるとき, 1枚目の板は机の端から最大どこまで離せるか?という問題である. 実は上記の積み方が最適であり, 1枚目の板はHn より遠くに離すことができない. 以下では, これを示してみよう.

この命題を示すには, 1枚目の板をHn より遠くに離すような積み方が存在しないことを示さねばならず, 『何かが存在しない』という命題となっている. 残念ながら, 全ての積み方を試すといった単純な証明法は存在しないと思われる.

では, 示すことを数式で表してみよう. 板はn + 1枚あるとし, 上から1枚目の板, 2 枚目の板, ... , n + 1枚目の板, と呼ぶ. n + 1枚目の板は, 右端を机の端につけて置く. 机の面と平行に数直線を取り, x 軸と名付け, 机の右端が1になるように, 原点を机の端から左に距離1のところに取る(図2参照). i 枚目の板の重心のx 座標をxi と書く. 明らかにxn+1 = 0 である.

図2:各板の重心の x 座標

図2: 各板の重心の x 座標

上から1~k 枚目までの板を1つの物体と考えたときの重心のx 座標は(x1 + x2 + ・・・ +xk)/k となり, これはk + 1枚目の板の右端より左側に位置しなければならない. すなわち,

が成り立つ. ここで, 1枚目の板の右端のx 座標はx1 + 1 であり,机の端のx 座標は1である. すなわち今から示すのは x1 +1 ≤ 1+Hn という式である. 上記をまとめると, 次を示せば良いことが分かる.

 

証明: 背理法を用いて証明する. n + 1個の実数(x*1 , x*2 , . . . , x*n+1) が,

を満たすと仮定して矛盾を導く.

k = 1, 2,..., n − 1 に対し, 上記の(1)式の両辺を1/ (k + 1) 倍した式を作り,
k = n の(1)式  と, (2)式,

これら全ての両辺を加えると, 以下の式が成り立つ.

上記よりが成り立ち,(3) 式と矛盾する.

 

『○○は最大である』という命題は, 実は『○○より大きいものが無い』という命題と同じであり, 一般に『△△が無い』という命題を示すのは容易でないことが多い. 上記で用いたカラクリは, 『線形不等式を, 非負の重みを掛けて足し合わせ, 矛盾を導く』というものであるが, 用いる非負重みに何を用いたら良いのかを見つけるのは容易ではない. かなり専門的になるが, この節で用いた方法は, Farkas(ファルカス) の補題と呼ばれる性質や, 線形計画法の双対問題と密接な関係がある.